ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ 滝本竜彦

「古都には今、戦っている敵はいるか?」
「……何です急に。ここは安全な私の住まい、敵なんているはずありませんよ」
「訂正しよう。俺の住まいだ。
 うむ。やはりいないよな。それが普通のお嬢さんの考え方だ、古都よ」
「……本に影響されておかしくなってしまったのですね、可哀そうに。ここは私の住まいですよ? さて、何と言う本に影響されたのか白状してくれますか?」
「白状って……それにここは俺の部屋……。確かに『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』っていう小説を読んではいた。だが、『影響された』っていう言い方はして欲しくないな。こういう話を振れる人間が身近にお前しか居ないんだ、仕方無いさ」
「『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』。滝本竜彦先生の青春小説でしたっけ?」
「だいたい当たってるが、『青春小説』っぽさはそれほど濃くないな。さあ、あらすじを頼む」
「はいです。
 主人公兼語り手の……名前は忘れましたが確か……そう、山本君は、帰り道の雪降りしきる小道でナイフ片手に華麗に戦う戦闘美少女・雪崎理絵さんと出会う。その日から、チェーンソー片手に襲い来る謎の男との戦いに時間と体力を費やす生活が始まった。こんな感じでいいですか?」
「そんな感じだな。しかし、『青春小説』っていうと『青い空、広がる世界、野球だ! サッカーだ! 芸術だ! 俺達頑張ったよな! 楽しかった!』っといったのが大多数だが、この小説は違う。舞台は、曇天の広がる中雪がひらひら舞う冬の世界。主人公が立ち向かう相手は傍から見れば『自己実現』とは程遠い『チェーンソー男』だ」
「学園モノを題材にしている作品の中では異色でしょうね」
「だからこその『角川学園小説大賞特別賞』受賞なんだろうな。しかし、それだけじゃないのが滝本竜彦先生のすごいところだ」
「他にはギミックがいいですね。バレバレではありますが」
「バレバレ具合がいいじゃないか。う〜んコレを明かすのは『ネタバレ』だから言わないでおくか。その他デビュー作にしては内容が非常に濃い。深い考察が無ければ書けないような描写がいくつもされている」
「家庭訪問のシーンとかですか? あそこ好きです私」
「他にも色々あるな。『渡辺』というキャラクターの作りこみとかさ。
 ともかくこの小説は、『解説』で西尾維新先生が述べられているように主人公達の『幸福追求』がテーマとなっている。その形の多様さと、客観的には無駄であることも主観的には大きな意義を持っている場合も有る、っていうとっても大事なことが『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』という作品にはこめられているんじゃないだろうか」
「巻末に付いている西尾維新先生の『解説』は名文です。この作品に興味を持った方で、手に取ることを迷っているのなら、是非『解説』だけでもさらりと読んで頂きたいです」
「『幸福』には色々な形がある。勝利することが『幸福』である人もいれば、戦い続けることが『幸福』な人もいるんだ。そういう多様性を認めることは、人間として必要なことだと思うな。その『幸福』が絶対的に幸福かどうかは、さて置くとしてな」
「そうですね。という訳で、私の『幸福』を認めて頂けますか?」
「……古都の『幸福』って何だ? 大体分かるけど」
「もちろん、この部屋の所有権の移譲です! 私への!」
「……やっぱりこいつ、強盗なんじゃないだろうか……」

 青いだけあって、とても青臭い。だけど、それでもいい。恥ずかしいことは何もない。顔を赤らめる必要も無い。あのころの気持ちは全部本当のことだった。いまではもうよく思い出せないけど、あのとき僕らは、確かに誰かと戦っていた。 (『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』あとがきより引用)

ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ (角川文庫)

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