失われた未来を求めて ネタバレ感想

深夜。4時をもうとっくに回っていて、外は無論真っ暗だった。
愛すべき同居人は毎夜私より先に床に就く。
寝るだけなら電灯が付いていようと彼女にとっては問題ないそうだが、良い眠りのためにとアイマスクをしている。変な柄のついた物だ。
そんな彼女は今ぐっすりと眠っている。
私のタイプ音は、彼女のイヤフォンから流れる音楽にキャンセルされて聞こえないはずだ。
彼女は至極寝相が良い。私とは正反対である。そして、彼女の活動時の様子と比較してもまるで別人だった。

私はフッと息を吐く様にして微笑み、キーボードを叩き始める。
ついさっき全編をクリアした『失われた未来を求めて』の感想文を書くために。
感情は置き去りになってすぐ消えてしまうから。それを記録しておくために。


《なくしたくないひとがいる》
失われた未来を求めて』という物語は、主人公たちの終わってしまった日常と、それを追い求める戦いを描いた作品である、といえる。
終わってしまった日常。その原因はヒロインの一人、佐々木佳織の事故である。
彼女が事故に巻き込まれた2008年10月14日は、古川ゆいが言うように、正しく「始まりと終わりの日」であった。
佳織はその日を境に意識を喪失する。彼女と主人公たちのあるべき未来も失われ、その日から「因果」との戦いが始まった。
けれど、十数年に及ぶ研究を経てもなお、佳織の意識を取り戻すことは出来なかった。
その過程で完成した「過去への扉」。あってはならない技術を用い、主人公たちは「未来を変える」ことを決意する。
過去を変えることでその未来をあるべき姿に戻そうとしたのだ。
「過去への扉」とは文字通り時間移動を可能とする装置だ。しかし、我々が知る「タイムマシン」と比べると「因果」によるいくつかの制約がある。
その制約により、主人公たち自らが未来を変える事はできず、古川ゆいをその代わりとして過去へと送り出す。
古川ゆいとは主人公の生み出した生体アンドロイドであり、元々は佳織の精神の依代として開発されたロボットだ。主人公たちは佳織の意識を「代体」を用いることで蘇らせようとしたのだ。前述の通りその試みは失敗し、古川ゆいは古川ゆいそのものの意識を持った状態で、過去を変えるために送り出される。
彼女の存在こそがこの物語のキーである。失われた未来を取り戻すため、彼女は過去世界で彼女なりに奮闘する。最も、事故の予測のためにできるだけ記録にある事象に沿った行動をせねばならないために、未来を変える事のできる行動は限られている。ピンポイントで事故を阻止しなければならないのである。
未来を変えることはやはり並大抵のことではなかった。古川ゆいは失敗する。しかしまた未来の主人公たちによって生み出され、もう一度未来を変える為に過去へ向かうのだ。彼女はなんども失敗しつつも、人間としては不足していた「感情」を少しずつAIチップに蓄積していく。
そして最終章、ゆいは未来を変えることに成功する。
けれど、それは彼女にとっての終わりをも意味していた。
佐々木佳織が事故に遭わなければ、古川ゆいが作られることなど無いのだ。
ゆいは事故を阻止したことに、失われた未来を取り戻したことに満足しつつ、「因果」によってゆっくりと消滅せしめられる。
ラストシーン。ゆいと主人公たち全員の「失われた未来」をみんなの手で取り戻し、ハッピーエンドと相成った。

《失われた未来のために》
結局のところ、このお話のメインヒロインは古川ゆいだった。
「感情」の蓄積と「失われた未来」への挑戦の過程で、主人公とゆいは恋におちる。
最もシナリオに力が入っていたと私が感じるのはここからの一連の流れで、それ以前は言ってしまえば「オマケ」である。
キャラクターに感情移入できていた私にはとっても楽しめたし、ゆいの健気さには心をうつものがあった。けれど。
そう。キャラクターデザイン、CG、立ち絵、背景、音楽、その他諸々は最高水準と言っていいレベルである。けれど、シナリオにはもう一歩な感がどうしても付きまとうのだ。
時間移動を扱ったSFの王道に近い展開といえる構成なのはまあいい。王道は長い年月の蓄積によって成り立っているのだから、それが悪いとは言えるはずもない。
問題は細かいディティールである。
例えば「ルートクリアにより次のルートへの分岐の選択肢が増える」というシステム。これが古川ゆいの何らかの行動によってもたらされた物であったならとっても良かったのだが、特にそういう事はない(愛理ルートはゆいがケニーにお湯をかけなければ佳織が主人公と別行動にならなかったため、ゆいの行動によって未来が変わった、とも取れる。凪沙ルートでも同様に、ゆいの存在によって会話の流れが変わり、凪沙に主人公を意識させた、という見方もできる。このようにゆいが存在したことによって未来が変わっているのはおそらく事実だ。ただ、それだけではどうにも説得力不足である)。
また、私がどうにも腑に落ちなかったのは、最も力が入っていたであろうラストシーンだ。
ラストシーンでは主人公たちによってゆいが復活させられる。もちろん記憶もそのままに。
そこまではいい。ハッピーエンドだ。CGも最高な出来栄えだ。私も幸せだ。
けれど、おかしな事にその時間軸では特にゆいとは深い仲に成っていなかった主人公が、何故かゆいルートに入っているかのような発言をするのだ。
これにはちょっとなあ、と思わざるをえなかった。
この不可思議に対する一応の解答は用意できる。
失われた未来を求めて』世界の時間移動の設定は、『ドラゴンボール』のような平行世界解釈ではなく、『ドラえもん』や『バック・トゥー・ザ・フューチャー』のような解釈に近いもの。かつ「世界の統合」……「より強い時間の流れを元とし、その他の分岐した世界を統合して『たった一つの未来』を再構築する」という設定を加えた形となっている。
この「世界の統合」を噛み砕けば、それまで通ってきた世界の中で「ゆいと主人公が相思相愛になった世界」が統合先の世界に影響を及ぼした、と考えることもできよう。
あくまでこれは私の仮説。私が納得するための理論に過ぎないことを明記しておこう。

《あしたまた、あえるよね?》
総括。
とっても良かった。プレイした時間が損だったとは微塵も思っていない。いい時間だった。
前述したとおりシナリオ以外の部分は大満足だし、そのシナリオ自体、私は結構気に入っている(気に入ったがゆえに尚更惜しいのである)。
また、ボイスに合わせて立ち絵の眼や口がクリクリ動く、というのがキャラクターにイキイキとした印象を与えているというのも大きく評価できるポイントだ。
これでシナリオがもう一歩の水準に達していれば、名作に成り得ただろうと思う。
ともかく良い作品であった。
私はこういった「何かを求めて懸命に戦う」物語にはめっぽう弱いのかもしれない。
それが自分には出来ないことだから、だろうか。
やりたかったのにやらなかったことだから、だろうか。
誰かに止められているわけではないのだから、求めればいいのに。毎回そう思う。

「あなたには。……そう呼んで欲しいんです」
(『失われた未来を求めて作中登場人物、古川ゆいのセリフより引用)


TRUMPL『失われた未来を求めて』公式サイト

Cradle(クレイドル)-深崎暮人画集-

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