僕のエア 滝本竜彦

滝本竜彦といえば以前紹介した『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』の作家さんだ」
「世間的には『NHKにようこそ!』の方が通りがいいのではないですか? アニメや漫画にもなってますし」
「そうだな。何と言うか、滝本竜彦氏の著作数自体が少ないんだよ。これまではこの二つと『超人計画』っていうエッセイしかなかった。
 その滝本竜彦が『NHK』から八年の期間を開け、満を持して発刊したのがこの『僕のエア』だ」
「あー……今までの作品とは装丁の印象がかなり違うますね」
「全三作は角川文庫からだったが、『僕のエア』は文藝春秋から、ってのもあるな。しっかし、このデザインはどうにかならなかったのかなーとちょっと思ってしまう出来だ」
「アレです、ショッキングピンクといいフォントの使い方といい、私は『8.1』を思い浮かべました」
山田悠介か? 派手な色遣いって意味では似てるな。とはいえこの辺りはデザイナーさんの力によるところが非常に大きいから、本来言及すべきではないかもしれん。しかし装丁、中身両方合わせて一つの作品だと思う俺はここんとこも重視していくつもりだ」
「前回もロゴデザインなんかに言及してましたっけね」
「うむ。デザインはそれだけで売れ行きを大きく左右する。書店で手に取る可能性を高めたり低めたりするからな。その点『僕のエア』のデザインは目を引くって意味じゃ強いかもしれん。良いか悪いかはともかく」
「でも、デザインが全てじゃないですよね。肝心要の中身はどうでしたか?」

《妄想》
「俺は楽しめた。発売時に買い逃してから書店でも見かけず、仕方なくもAmazonを利用した甲斐があったよ。滝本節も健在だしな。古都はどうだ?」
「私はちょっと消化不良でした。最後もっと掘り下げても良かったのでは? と思っちゃいます」
「ふむ。ともかくあらすじをどうぞ」
「はいはい。
 主人公の田中翔君は24歳の自由人。色々なアルバイトを転々としながら、生活費だけでもギリギリというモアフリーな生活を営んでいます。
 ある日、そんな彼に届いた一枚の手紙。それは幼少の頃から慕っていた女性、スミレさんの結婚報告はがきでした。
 ずっと前彼女に言われた『あなたはいつも誰かに見守られている』という言葉に、ビクビクしつつも大きな影響を受け、ずっと彼女に淡い思いを抱きながら生きてきた彼。この報告には相当なショックを受けてしまいます。その余りのショックが原因か、他人には見えず田中君だけには確かに見え話もできる少女『エア』さんが現れ……ってなお話です」
「エアは田中君に『スミレを略奪する』ことを根気強く勧める。ところが田中君にはそこまでの強い思いも行動力もない。そんな田中君の為にエアが獅子奮迅、というのが大筋だ」
「なんだか『超人計画』と似てますよね」
「滝本作品の基本的なテーマはかなり似通っている。無気力な人間がいかようにしてもがき、足掻いて生きて行くか。といったテーマだ。そしてそこには毎回少女が関わってくる」
「ボーイ・ミーツ・ガールですね」
「一作目では戦闘美少女、二作目では宗教少女、三作目は妄想内少女。そしてこの四作目の彼女は、一体なんだったんだろうな」
「それは読んだ人が決めればいいんですよ」
「そうかもな」

《宗教》
「『僕のエア』にはこれまでの滝本作品と違う点が幾つかある」
「滝本作品、『エア』を含めても四作品しか無いというのは内緒ですか?」
「……うん」
「心得ました。
 違う点。まず、宗教要素でしょうか」
「『NHK』でも宗教自体は出てきたな。今回は以前より仏教方面での掘り下げが見られる」
「仏教方面の記述というと」
「禅みたいな考え方。森博嗣風に言えば『ものはきえて、われもきえて、いたり』という感覚に関しての部分だ。要するに『この世は全て自分が感じているモノでしかなく、全ては合って無いような物。つまり『空』。自分と世界とは一体である』という考え方。最もこれは俺の解釈でしか無いけれど」
「二重の意味でですね」
「そう。仏教的にも『エア』の解釈としても二重の意味で、これは俺の解釈でしか無い。
 さて。『エア』では本来『満ち足りた気持ちになり《さまよう》』はずのこの思想から、違う方向論理へと進む。これを『一時期スピリチュアルにかぶれたと噂された滝本氏の、宗教に関する絶望または諦念』と感じるかどうかは個々人の感覚によるけれど……」
「京君にはそうとしか取れなかったと?」
「いや、そもそも滝本氏は初めっからそんなもの信じてなかったんじゃないか、と感じた。読み込みの仕方の問題かもしれないけどな」

《現実》
「このお話の肝はその落ちでしょうか」
「ああ、たしかに今までのパターンとはちょっと違うな」
「ある意味では新境地だったのかもしれませんね」
「どうだろう」
「自作品『NHKにようこそ!』との強烈な対比。お楽しみください」
「夢の描写や虚構との織り交ぜ方など、書き方がおもしろい箇所が多かった。また、語り手である主人公の人称変化にも注目して欲しい。
 主題を表するなら、『岬ちゃんのいない現実でどう生きて行くか』。
 ……滝本氏の書きたかったことは果たして書ききれたのだろうか」
「なんとも中途半端な終わり方とも取れますよね。投げっぱなしって言っちゃえるかも」
「明確なエンディングなんて現実じゃ死しかないからな。ハッピーエンドに至ってはありえないと言ってもいい」
「幸せな死だってありますよ」
「きっと?」
「きっとです」
「絶対に、じゃないんだな」
「きっと、と絶対に、は案外ニュアンスが近いんですよ。
 私はせっかく発表から単行本化までこんな期間を開けたのですから、ちょっとは加筆修正が有っても良かったかなーなんておもってみたり」
「元々引きこもりなお人だからな。その辺はいかんともしがたいのだろう」
「同意です。
 さて、まとめに入りましょう。このお話はどんな方にオススメですか?」
「まず滝本竜彦氏のファン。これさえ満たせば無条件で勧められる。
 たまには独特なギャグセンスにちょっと笑いながらお話を読んでみたい、という人にも。
 他には自堕落な毎日を送っている人。ただ、『僕のエア』はそういった人達に明確な答えを出してはくれない。「現実はそんなに単純じゃない」ってお話だからな」
「それを探すのが生きるってことですかね」
「そんな難しいことを考えて生きてたらかなり疲れるぞ」
「疲れることが生きてるって証です」
「じゃあ死体は疲れを感じないのか?」
「感じません」
「死体とは?」
「生きていない体のことです」
「じゃあロボットはどうなんだ。あれも生きていない体だけど、金属は疲労するぞ」
「ロボットは生きてるんですよ」

「たとえそれがちっぽけな幸せであったとしても、俺のすぐそばに愛しい人がいてくれるんだ。」
『僕のエア』主人公の語りより引用。

僕のエア

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