僕のエア 滝本竜彦

滝本竜彦といえば以前紹介した『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』の作家さんだ」
「世間的には『NHKにようこそ!』の方が通りがいいのではないですか? アニメや漫画にもなってますし」
「そうだな。何と言うか、滝本竜彦氏の著作数自体が少ないんだよ。これまではこの二つと『超人計画』っていうエッセイしかなかった。
 その滝本竜彦が『NHK』から八年の期間を開け、満を持して発刊したのがこの『僕のエア』だ」
「あー……今までの作品とは装丁の印象がかなり違うますね」
「全三作は角川文庫からだったが、『僕のエア』は文藝春秋から、ってのもあるな。しっかし、このデザインはどうにかならなかったのかなーとちょっと思ってしまう出来だ」
「アレです、ショッキングピンクといいフォントの使い方といい、私は『8.1』を思い浮かべました」
山田悠介か? 派手な色遣いって意味では似てるな。とはいえこの辺りはデザイナーさんの力によるところが非常に大きいから、本来言及すべきではないかもしれん。しかし装丁、中身両方合わせて一つの作品だと思う俺はここんとこも重視していくつもりだ」
「前回もロゴデザインなんかに言及してましたっけね」
「うむ。デザインはそれだけで売れ行きを大きく左右する。書店で手に取る可能性を高めたり低めたりするからな。その点『僕のエア』のデザインは目を引くって意味じゃ強いかもしれん。良いか悪いかはともかく」
「でも、デザインが全てじゃないですよね。肝心要の中身はどうでしたか?」

《妄想》
「俺は楽しめた。発売時に買い逃してから書店でも見かけず、仕方なくもAmazonを利用した甲斐があったよ。滝本節も健在だしな。古都はどうだ?」
「私はちょっと消化不良でした。最後もっと掘り下げても良かったのでは? と思っちゃいます」
「ふむ。ともかくあらすじをどうぞ」
「はいはい。
 主人公の田中翔君は24歳の自由人。色々なアルバイトを転々としながら、生活費だけでもギリギリというモアフリーな生活を営んでいます。
 ある日、そんな彼に届いた一枚の手紙。それは幼少の頃から慕っていた女性、スミレさんの結婚報告はがきでした。
 ずっと前彼女に言われた『あなたはいつも誰かに見守られている』という言葉に、ビクビクしつつも大きな影響を受け、ずっと彼女に淡い思いを抱きながら生きてきた彼。この報告には相当なショックを受けてしまいます。その余りのショックが原因か、他人には見えず田中君だけには確かに見え話もできる少女『エア』さんが現れ……ってなお話です」
「エアは田中君に『スミレを略奪する』ことを根気強く勧める。ところが田中君にはそこまでの強い思いも行動力もない。そんな田中君の為にエアが獅子奮迅、というのが大筋だ」
「なんだか『超人計画』と似てますよね」
「滝本作品の基本的なテーマはかなり似通っている。無気力な人間がいかようにしてもがき、足掻いて生きて行くか。といったテーマだ。そしてそこには毎回少女が関わってくる」
「ボーイ・ミーツ・ガールですね」
「一作目では戦闘美少女、二作目では宗教少女、三作目は妄想内少女。そしてこの四作目の彼女は、一体なんだったんだろうな」
「それは読んだ人が決めればいいんですよ」
「そうかもな」

《宗教》
「『僕のエア』にはこれまでの滝本作品と違う点が幾つかある」
「滝本作品、『エア』を含めても四作品しか無いというのは内緒ですか?」
「……うん」
「心得ました。
 違う点。まず、宗教要素でしょうか」
「『NHK』でも宗教自体は出てきたな。今回は以前より仏教方面での掘り下げが見られる」
「仏教方面の記述というと」
「禅みたいな考え方。森博嗣風に言えば『ものはきえて、われもきえて、いたり』という感覚に関しての部分だ。要するに『この世は全て自分が感じているモノでしかなく、全ては合って無いような物。つまり『空』。自分と世界とは一体である』という考え方。最もこれは俺の解釈でしか無いけれど」
「二重の意味でですね」
「そう。仏教的にも『エア』の解釈としても二重の意味で、これは俺の解釈でしか無い。
 さて。『エア』では本来『満ち足りた気持ちになり《さまよう》』はずのこの思想から、違う方向論理へと進む。これを『一時期スピリチュアルにかぶれたと噂された滝本氏の、宗教に関する絶望または諦念』と感じるかどうかは個々人の感覚によるけれど……」
「京君にはそうとしか取れなかったと?」
「いや、そもそも滝本氏は初めっからそんなもの信じてなかったんじゃないか、と感じた。読み込みの仕方の問題かもしれないけどな」

《現実》
「このお話の肝はその落ちでしょうか」
「ああ、たしかに今までのパターンとはちょっと違うな」
「ある意味では新境地だったのかもしれませんね」
「どうだろう」
「自作品『NHKにようこそ!』との強烈な対比。お楽しみください」
「夢の描写や虚構との織り交ぜ方など、書き方がおもしろい箇所が多かった。また、語り手である主人公の人称変化にも注目して欲しい。
 主題を表するなら、『岬ちゃんのいない現実でどう生きて行くか』。
 ……滝本氏の書きたかったことは果たして書ききれたのだろうか」
「なんとも中途半端な終わり方とも取れますよね。投げっぱなしって言っちゃえるかも」
「明確なエンディングなんて現実じゃ死しかないからな。ハッピーエンドに至ってはありえないと言ってもいい」
「幸せな死だってありますよ」
「きっと?」
「きっとです」
「絶対に、じゃないんだな」
「きっと、と絶対に、は案外ニュアンスが近いんですよ。
 私はせっかく発表から単行本化までこんな期間を開けたのですから、ちょっとは加筆修正が有っても良かったかなーなんておもってみたり」
「元々引きこもりなお人だからな。その辺はいかんともしがたいのだろう」
「同意です。
 さて、まとめに入りましょう。このお話はどんな方にオススメですか?」
「まず滝本竜彦氏のファン。これさえ満たせば無条件で勧められる。
 たまには独特なギャグセンスにちょっと笑いながらお話を読んでみたい、という人にも。
 他には自堕落な毎日を送っている人。ただ、『僕のエア』はそういった人達に明確な答えを出してはくれない。「現実はそんなに単純じゃない」ってお話だからな」
「それを探すのが生きるってことですかね」
「そんな難しいことを考えて生きてたらかなり疲れるぞ」
「疲れることが生きてるって証です」
「じゃあ死体は疲れを感じないのか?」
「感じません」
「死体とは?」
「生きていない体のことです」
「じゃあロボットはどうなんだ。あれも生きていない体だけど、金属は疲労するぞ」
「ロボットは生きてるんですよ」

「たとえそれがちっぽけな幸せであったとしても、俺のすぐそばに愛しい人がいてくれるんだ。」
『僕のエア』主人公の語りより引用。

僕のエア

僕のエア

失われた未来を求めて ネタバレ感想

深夜。4時をもうとっくに回っていて、外は無論真っ暗だった。
愛すべき同居人は毎夜私より先に床に就く。
寝るだけなら電灯が付いていようと彼女にとっては問題ないそうだが、良い眠りのためにとアイマスクをしている。変な柄のついた物だ。
そんな彼女は今ぐっすりと眠っている。
私のタイプ音は、彼女のイヤフォンから流れる音楽にキャンセルされて聞こえないはずだ。
彼女は至極寝相が良い。私とは正反対である。そして、彼女の活動時の様子と比較してもまるで別人だった。

私はフッと息を吐く様にして微笑み、キーボードを叩き始める。
ついさっき全編をクリアした『失われた未来を求めて』の感想文を書くために。
感情は置き去りになってすぐ消えてしまうから。それを記録しておくために。


《なくしたくないひとがいる》
失われた未来を求めて』という物語は、主人公たちの終わってしまった日常と、それを追い求める戦いを描いた作品である、といえる。
終わってしまった日常。その原因はヒロインの一人、佐々木佳織の事故である。
彼女が事故に巻き込まれた2008年10月14日は、古川ゆいが言うように、正しく「始まりと終わりの日」であった。
佳織はその日を境に意識を喪失する。彼女と主人公たちのあるべき未来も失われ、その日から「因果」との戦いが始まった。
けれど、十数年に及ぶ研究を経てもなお、佳織の意識を取り戻すことは出来なかった。
その過程で完成した「過去への扉」。あってはならない技術を用い、主人公たちは「未来を変える」ことを決意する。
過去を変えることでその未来をあるべき姿に戻そうとしたのだ。
「過去への扉」とは文字通り時間移動を可能とする装置だ。しかし、我々が知る「タイムマシン」と比べると「因果」によるいくつかの制約がある。
その制約により、主人公たち自らが未来を変える事はできず、古川ゆいをその代わりとして過去へと送り出す。
古川ゆいとは主人公の生み出した生体アンドロイドであり、元々は佳織の精神の依代として開発されたロボットだ。主人公たちは佳織の意識を「代体」を用いることで蘇らせようとしたのだ。前述の通りその試みは失敗し、古川ゆいは古川ゆいそのものの意識を持った状態で、過去を変えるために送り出される。
彼女の存在こそがこの物語のキーである。失われた未来を取り戻すため、彼女は過去世界で彼女なりに奮闘する。最も、事故の予測のためにできるだけ記録にある事象に沿った行動をせねばならないために、未来を変える事のできる行動は限られている。ピンポイントで事故を阻止しなければならないのである。
未来を変えることはやはり並大抵のことではなかった。古川ゆいは失敗する。しかしまた未来の主人公たちによって生み出され、もう一度未来を変える為に過去へ向かうのだ。彼女はなんども失敗しつつも、人間としては不足していた「感情」を少しずつAIチップに蓄積していく。
そして最終章、ゆいは未来を変えることに成功する。
けれど、それは彼女にとっての終わりをも意味していた。
佐々木佳織が事故に遭わなければ、古川ゆいが作られることなど無いのだ。
ゆいは事故を阻止したことに、失われた未来を取り戻したことに満足しつつ、「因果」によってゆっくりと消滅せしめられる。
ラストシーン。ゆいと主人公たち全員の「失われた未来」をみんなの手で取り戻し、ハッピーエンドと相成った。

《失われた未来のために》
結局のところ、このお話のメインヒロインは古川ゆいだった。
「感情」の蓄積と「失われた未来」への挑戦の過程で、主人公とゆいは恋におちる。
最もシナリオに力が入っていたと私が感じるのはここからの一連の流れで、それ以前は言ってしまえば「オマケ」である。
キャラクターに感情移入できていた私にはとっても楽しめたし、ゆいの健気さには心をうつものがあった。けれど。
そう。キャラクターデザイン、CG、立ち絵、背景、音楽、その他諸々は最高水準と言っていいレベルである。けれど、シナリオにはもう一歩な感がどうしても付きまとうのだ。
時間移動を扱ったSFの王道に近い展開といえる構成なのはまあいい。王道は長い年月の蓄積によって成り立っているのだから、それが悪いとは言えるはずもない。
問題は細かいディティールである。
例えば「ルートクリアにより次のルートへの分岐の選択肢が増える」というシステム。これが古川ゆいの何らかの行動によってもたらされた物であったならとっても良かったのだが、特にそういう事はない(愛理ルートはゆいがケニーにお湯をかけなければ佳織が主人公と別行動にならなかったため、ゆいの行動によって未来が変わった、とも取れる。凪沙ルートでも同様に、ゆいの存在によって会話の流れが変わり、凪沙に主人公を意識させた、という見方もできる。このようにゆいが存在したことによって未来が変わっているのはおそらく事実だ。ただ、それだけではどうにも説得力不足である)。
また、私がどうにも腑に落ちなかったのは、最も力が入っていたであろうラストシーンだ。
ラストシーンでは主人公たちによってゆいが復活させられる。もちろん記憶もそのままに。
そこまではいい。ハッピーエンドだ。CGも最高な出来栄えだ。私も幸せだ。
けれど、おかしな事にその時間軸では特にゆいとは深い仲に成っていなかった主人公が、何故かゆいルートに入っているかのような発言をするのだ。
これにはちょっとなあ、と思わざるをえなかった。
この不可思議に対する一応の解答は用意できる。
失われた未来を求めて』世界の時間移動の設定は、『ドラゴンボール』のような平行世界解釈ではなく、『ドラえもん』や『バック・トゥー・ザ・フューチャー』のような解釈に近いもの。かつ「世界の統合」……「より強い時間の流れを元とし、その他の分岐した世界を統合して『たった一つの未来』を再構築する」という設定を加えた形となっている。
この「世界の統合」を噛み砕けば、それまで通ってきた世界の中で「ゆいと主人公が相思相愛になった世界」が統合先の世界に影響を及ぼした、と考えることもできよう。
あくまでこれは私の仮説。私が納得するための理論に過ぎないことを明記しておこう。

《あしたまた、あえるよね?》
総括。
とっても良かった。プレイした時間が損だったとは微塵も思っていない。いい時間だった。
前述したとおりシナリオ以外の部分は大満足だし、そのシナリオ自体、私は結構気に入っている(気に入ったがゆえに尚更惜しいのである)。
また、ボイスに合わせて立ち絵の眼や口がクリクリ動く、というのがキャラクターにイキイキとした印象を与えているというのも大きく評価できるポイントだ。
これでシナリオがもう一歩の水準に達していれば、名作に成り得ただろうと思う。
ともかく良い作品であった。
私はこういった「何かを求めて懸命に戦う」物語にはめっぽう弱いのかもしれない。
それが自分には出来ないことだから、だろうか。
やりたかったのにやらなかったことだから、だろうか。
誰かに止められているわけではないのだから、求めればいいのに。毎回そう思う。

「あなたには。……そう呼んで欲しいんです」
(『失われた未来を求めて作中登場人物、古川ゆいのセリフより引用)


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Cradle(クレイドル)-深崎暮人画集-

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失われた未来を求めて

※ご注意:今回取り扱う作品は18禁のPCゲームとなっております。
18歳未満の方、もしくは性的描写に嫌悪感を抱かれる方は読み飛ばして下さい。
もちろん、この記事内容自体にはそういった表現は有りませんけれど
一応注意喚起をば。

「ところで」
「なんだ」
「最近帰ってくるなりずっとやっているそのゲームは、その、アレですよね」
「男性向け18禁PCゲームだが何か問題があるか?」
「私という女がいながら!」
「……特に問題ないじゃないか」
「で、なんという作品なのですか?」
「切り替え速いのがお前の長所だよな。唯一の」
「よく言われます」

《たった一つの未来を求めて》

「では、早速紹介をお願いします。まずはタイトルからで!」
「……」
「……あっ。その表情は、ちょっとした意地悪を思いついた時のじゃないですか!」
「……ジャンルは有り体に言えば恋愛シミュレーション。ノベルゲーム寄りだけどな。
 ストーリーはごく普通の学園モノだと思ってくれていい。一周目の終わりにひっくり返るけど。 
 また、舞台はとある学園。空の青がよく映える良い立地だ。その学園の天文学部が文化祭前に起こった様々な問題を解決しようと奮闘する、ってのが大筋。
 そして、古都ご所望のタイトルは『失われた未来を求めて』。11月26日に発売された作品だ」
「言うのを最後にするだけなんて、意地悪になりきれてない意地悪さんですね!
 う〜ん、変わったタイトルです」
「まあな。こういうゲームはタイトルで興味持ってもらうのも重要だろうから、そりゃ凝るさ」
「あらゆる作品にも言えることですよ、それ」
「うむ」
「『失われた未来を求めて』。まだまだ先にあるから『未来』なのに、 それが『失われ』てるというのは不思議な状態ですよ」
「そう。その不思議不可思議がこの作品の根幹を成す重要な要素だ」
「端的に言うと?」
「端的に言うと、面白みがなくなる」
「そんな、ズルイですよ」
「ま、そういった感想はクリアしてからだ」
「今はどこまで進めたのですか?」
「言わば最終章まで、だ」
「へえ。では早いうちににクリアしちゃってくださいよ。次は私がやります」
「さっき問題が云々と言っていたのはどこのどいつだったか……」

《洗練された原画と音楽》
「この作品で特筆すべきは、なんと言っても原画・キャラクターデザインだ。
 深崎暮人さんと黒谷忍さんというコンビが担当されている。ゲームの原画担当はこの作品が2作目、だったはず。
 前作『水平線まで何マイル?』の際は深崎さんが原画、黒谷さんがSD原画と衣装、だっけな。
 ともかく至極綺麗な絵なんだ。まあ見てくれれば分かると思うが」
「どれどれ……。ふむ。まあヒロインさんたちはみんな、私に負けず劣らずかわいいですね!」
「どの口が言うか……」
「えへへ。うん? タイトルロゴが可愛いなあ」
「そこに目を付けるとはさすが俺の見込んだ女だ!」
「……見込まれた覚えはありませんよ、微塵も
「なんだかお前、今日はやけに冷たいな。
 タイトルロゴはTomoyuki“tats”Arimaさんというデザイナーさんが担当されている。この人のデザインしたCDは何枚もあるんだが、どれもカッコイイんだなこれが!」
「テンション上がりすぎですよ……押さえて押さえて。あ、音楽もなかなかですね」
「ああ。キラキラしてるところとシリアスなシーンの強弱がまたいい。
 そして何と言ってもヴォーカル付きのオープニング・エンディング・挿入歌だ。
 特にオープニングの『∞未来』は聴くたびにゾクゾク来る。そして各シーンで流れるインストアレンジヴァージョンもまたイかすんだ」
「『ヴォーカル付き』って言い方に京君の変な音楽の趣味が出てますね」
「そうでもない。現代の多様化した音楽環境におい……」
「はいはい、分かりましたから次どうぞ」
「……むう」

《表情あふれるキャラクターたち》
「次はキャラクター紹介と洒落こみましょうか」
「うむ。今回はストーリーの核心的なところには触れないように気をつけていくぞ。
 まず、メインヒロインと呼んでいいだろう『佐々木佳織』だ。栗毛色のショートヘアが似合う幼なじみキャラクター。
 明るくて気配りもよく効くナイスガール。ちなみに主人公とは物語開始時点で一緒の家に住んでる」
「なんと。まるで出来レースですね」
「いや、この子のシナリオは『あまりにも近すぎる仲がゆえ踏み出せないもどかしさ』に焦点を当てたものとなっている。よって、ルートさえ違えば他のヒロインにも十分芽があるんだなこれが」
「ふむう。妹みたいな間柄というやつですか」
「どっちかって言うと姉かな。
 次。幼なじみの天文学部会長、支倉愛理。青みがかかった瞳と長い黒髪、それから鋭い必殺キックが持ち味の鮮烈な女の子だ」
「必殺キック、ですか……。そんな子を攻略するなんて、主人公さんは無事に済むんですか」
「案外大丈夫だ。主人公以外にも蹴られ役は何人もいるしな」
「それは……どうなんでしょう」
「ともかく3人目、知的かつ気品にあふれ、ものすごく毒舌な先輩、華宮凪沙。
 口は悪いが容姿端麗。口は悪いけどな。ぐさりと来る言葉を連発する。攻略ルートではかなり可愛かった。というかおそらくエロ担当だ。エンディング後のエロさがすごかった」
「いや、そんなに強調されても」
「それから4人目のヒロイン。物語のキーとなる少女、古川ゆいだ。
 ミステリアスでぽやーとした人物。長い髪とちょこんと乗せた帽子がトレードマーク。ミステリアスと言っても『何を考えているのかわからない』、いわゆる寡黙なキャラクターじゃあない。聞けば何でも素直に応えてくれるピュアな女性だ」
「物語のキー、とは意味深な言い方ですね」
「彼女が未来を変えるんだよ」
「?」
「……っと、なんでもない。
 次はヒロイン以外の天文学会員、長船・KENNY・英太郎、通称ケニーだ。
 アメリカからの留学生でがっしりとした頼れるナイスガイだが、お茶目でかなり頭が悪い。必殺キックをかまされたり毒舌でボロボロにされたりするのは彼の担当だ」
「男性キャラですか。ひっどい扱いですねそれは」
「ケニーにはそういうことをされるのが好きな節もあったりする。また、ともすると主人公のハーレム世界になってしまいそうな設定においては良いスパイスの役目を果たしてくれている。
 俺も『うわあ、もうこんな甘甘空間見てられんわ!』となりそうな時、何度山口勝平声の彼に救われたことか」
「京君なんかのために、ケニーさん身体張りすぎですよね」
「プレイヤーみんなのために張ってるんだよ、彼は。
 最後。主人公の秋山奏だ。
 特異性に富むキャラクターだらけの天文学会の中、特に特徴も得意なこともないのに、なんとなく溶け込んでいる人物。
 結構なポテンシャルを秘めていたりするが、それはまた未来のお話だ」
「それだけですか?」
「これだけ」
「主人公なのに?」
「主人公だからこそ、多くを語ることはイカンのだよ、古都君」
「君付けは気持ち悪いのでやめてください」
「……すみませんでした」

《それから、シナリオ》
「問題はシナリオだ」
「どんな問題が?」
「その、だな。随分仕上がった感はありありと受ける。たまにうむう、と思うこともあるが、その辺は既に上げた良さで十分補っている。また、18禁ゲームの宿命たる少しばかり強引なエロシーンへの導入も、まあ仕方ないと言えるだろう。
 問題はその筋だ」
「と、言いますと」
「このゲームそのものの構造は『一つのお話、それから各ヒロインのアナザーEND』となっている。つまり、全ヒロインの通常ENDは『とある意味で繋がって』おり、そして最も重要なことに、悲劇だ」
「悲劇。私はあんまり好きじゃないですね」
「俺もだ。だが『おそらくは』最終的にはハッピーエンドで終わるはずだ。先輩ルートでその方向性が強く示されてるしな。
 要するに問題は『俺自身まだすべてのエンディングを見てはいないから、シナリオに関しては言及できない』ってことさ」
「……怠慢ですね」
「誰の?」
「誰のでも」


 お久しぶりですガダジです。ご無沙汰しておりましたのは多忙が原因、ではなく誰かさんが言っているように私の怠慢が原因であります。
 今回このような形式の記事としましたのは、後日「ネタバレ感想」としてまた一つ『失われた未来を求めて』に関する記事を書こうと考えてのことです。ご容赦下さい。
 また、これまでに紹介してきた書籍と違い、このゲームは9000円台とかなり高価です。私程度が紹介したところでどうにもならないのですが、どうにも気に入ってしまい、こういった記事を書くこととしました。いい作品ですので、ぜひお手に取ってみて下さい。
 今後は週一くらいのペースで更新出来れば、と考えております。どうか、気が向いたときにでもお越し下さいませ。
 

「そこに、すべての始まりと、終わりがあるんです」
(『失われた未来を求めて作中登場人物、古川ゆいのセリフより引用)


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∞未来

∞未来

未来日記 えすのサカエ

「今日の議題は『ヤンデレとは何か』です」
「……議題って何さ」
「議題は議題です。さて、京君は『ヤンデレ』と聞いてまずどんなことを思い浮かべますか?」
「そりゃ、関わりたくないな、とかだろ……」
「そういうことを聞いてるんじゃあありませんよ。人物を挙げてみてください、という意味です」
「う〜ん……大体まず『ヤンデレ』という言葉をしっかり定義して欲しいな」
「京君なりの定義で構いませんよ」
「そうだな。とりあえず暫定的に『殺しちゃうほど愛しちゃう、愛の形を持つ人物』を『ヤンデレ』と名付けよう」
「……なんか違うような気もしますが、私もほぼ同じ意味合いで捉えていますね」
「では早速『人物』だな。まず、アメリカの連続殺人犯でありカニバリストである……」
「……待ってくださいます?」
「なんだ?」
カニバリストって『殺しちゃうほど』どころか食べちゃってるじゃないですか。それは『ヤンデレ』じゃなくてただの猛烈な変態さんです」
「まあそうだな」
「……あのですね」
「ともかく、さっきの定義じゃダメ、ということだな。何か客観的な情報はないのか? ヤンデレを定義するための」
「えっと……ちょっと待ってくださいよ……ありました。wikipedia様によると、ヤンデレとは『広義では精神的に病んだ状態にありつつ他のキャラクターに愛情を表現する様子をいう』だそうです。別に『殺しちゃうほど』じゃなくてもかまわないみたいですね」
「そんなもんかね。つまり『撲殺天使 ドクロちゃん』のヒロイン:ドクロちゃんは『ヤンデレ』でなく、世界各地に生息するのストーカーさんは『ヤンデレ』というわけだ」
「そうなっちゃいますね……ストーカーさんが全部が全部精神を病んでるとは限りませんけれど」
ドクロちゃんは笑顔で殺すからセーフなんだな」
「……笑顔でも病んでる人はいますよ」

《笑顔で殺す「愛」》

「そんなこんなで前フリは終わり。本題の『未来日記』に関しての話題だ」
未来日記』の作者さんはこの間話題になった『花子と寓話のテラー』と同じえすのサカエ先生ですね」
「ちょっと変わったデフォルメが持ち味の作家さんだ。暗い、ホラー的描写が特に上手い」
「『未来日記』はミステリ的殺人バトル漫画、とでも分類できましょうか。ある日神様から『未来の出来事が分かる』能力を持った日記をもたらされた12人の『日記所有者』たちは、神を選ぶための殺人ゲーム、『12人が互いに殺しあい、生き残った者が新しい神となる』ゲームに参加させられます。気弱で情けない根暗主人公・天野雪輝(あまの ゆきてる)君は、果たして殺人ゲームを生き抜くことができるのでしょうか? ……といった内容の作品です」
「『気弱で情けない根暗』は言いすぎだろ」
「事実ですし」
「……雪輝は最初こそ情けないが、物語が進むにつれて少しずつ成長していく。そこも見どころの一つだ。……その成長が、何か狂った考え方を基盤としているとしてもな」
「『未来日記』は雪輝君の成長ストーリーであるとともに、ヒロイン・我妻由乃(がさい ゆの)さんとのラブストーリーでもあります」
由乃は雪輝をとにかく愛す。絶望的なまでに愛す。ある意味で『究極の純愛』と呼べなくもないほどの愛だ」
「いわゆる『ヤンデレ』といったらこの人、というレベルまでヤンデレとしての知名度は高いですね」
「ああ。だが、たかが『愛』ごときであそこまでのことができるんだろうか?」
「たかが、とはお言葉ですね。愛は何物にも負けない強い力をくれるんですよ。……まさか京君は『愛』という感情をまだ理解していないのですか? その年になって」
「その年にって、俺はまだまだヤングだ」
「『ヤング』なんて死語がポンと出てくる時点でオバサンですよ」
「……オバサン言うな。ともかく、俺にはわからん。『愛』以外の理由が由乃にはあるんじゃないのか、と何度も思ってしまう。由乃未来日記は対雪輝戦では最強だが、それ以外との戦いでは近くに雪輝がいないと無力。つまり、由乃は雪輝と組むことでお互いの日記の弱点を補完しつつ、最終的に雪輝を殺して神になろうとしている……なんていう考えはどうだ?」
由乃さんが雪輝君を死んでも守ろうとするのは、雪輝君が死ぬことイコール自分の日記の無力化、だから……なんだかロマンチック度が限りなく0に近づきましたね……」
「ともかく、そんな読み方もできる、ということだ。まだ連載中だから、どんな結末を迎えるのかは誰にもわからん。えすのサカエ先生を除いてな」
「現在は単行本の10巻まで発売中。外伝の『モザイク』と『パラドックス』も読んでおくと作品の理解が深まると思いますよ」
ユピテルとユーノのお話、おススメしたいのはこんな人だ。ダークでスプラッタな漫画を読んでみようと思っている、またはいわゆる『ヤンデレ』キャラクターが大好きだ、なんて人や、ちょっとした頭を使ったバトルが見たい、という人」
「アニメ化もされるそうですし、ファンも増えるでしょうね」
「ファンになった人たちには『花子と寓話のテラー』も読んでもらいたいな。俺としてはむしろ、あちらのほうが好きだ」
「両作品ともいい味出してますけどね」
「同意しよう」
「……そんなことより、先ほどの話です。『愛』が理解できないというのなら、私が教えて差し上げましょうか?」
「そんな風に上目づかいで言ってもお断りだ、古都」
「ダメですかぁ?」
「甘えた声を出すな。何度も言うように、そういうのは男にやるもんであって……」
「またまた、照れてるんですね分かってますとも私は」
「……どうやって追い出そうかこの女」

未来日記 (1) (角川コミックス・エース (KCA129-5))

未来日記 (1) (角川コミックス・エース (KCA129-5))

花子と寓話のテラー えすのサカエ

「都市伝説って聞いたことありますか?」
「都市伝説。昭和後期に大流行したアレか。もちろん聞いたことあるさ。『トイレの花子さん』とか『人面犬』『赤い紙青い紙』なんかが特に有名だな。一介のオカルト好きとしては、『ターボばばあ』が特に気に入っている」
「オカルト好きの方でしたか……知らなかったです。『ターボばばあ』。なんです? 特殊エンジン製作に関わり志半ばで亡くなったお婆さんの霊、とかですか?」
「あんまり怖くないなそれ。実際は高速道路などに出没する、生身のまま超高速で走る婆さんのことだ。爺さんヴァージョンもいるらしい」
「……」
「……」
「……それ、どっちにしろ怖くないじゃないですか」
「怖いよ。実際に遭遇したら相当怖いはずだ。なんてったって笑ってるんだぜ?走りながら」
《寓話とは》

「『花子と寓話のテラー』は現在『未来日記』を連載されているえすのサカエ先生の作品。怪奇そのものである『寓話』と寓話探偵・亜想大介の戦いを描いた漫画です」
「登場する『寓話』はおなじみのものばかりだ。『人面魚』『メリーさん』『合わせ鏡の悪魔』なんかのな。残念ながら『ターボばばあ』は出てこないが」
「出てきても物語とどう絡ませるんですか……。おなじみの怪奇、と言っても見せ方が凝ってます。『未来日記』でもそうですが、えすのサカエ先生はとにかく一枚絵で緊張感を描くのが上手い。『メリーさん』怖すぎです。
 また、テンポも良い作品です。単行本で読むと楽しいお話から怖いお話へ、という流れがあって読みやすく感じました」
「相乗効果で楽しさも怖さもそれぞれ増すからな。
 こういった『怪奇』を扱った漫画と言えば、『地獄先生ぬ〜べ〜』が有名と思う。名作だ。巻数等の面でかなりの違いがあるが、『ぬ〜べ〜』と『花子と寓話のテラー』は一応同じモチーフを扱っている点でカテゴリは一緒だ。その違いと言えば、『遡及性』の存在だろう」
「『遡及性』。この場合、『寓話』に関する事件を解決すると、その事件を無かったものとして事実が再構成されてしまう、という性質です。『ワールドエンブリオ』に出てくる記憶の修正効果とちょっと似てますが、事実そのものを元通りにする、と言うのは大きな違いです。『ワールドエンブリオ』のは記憶に関する修正のみですものね。なんにせよ、その分野では結構使われている手法の一つです。この効果により、物語終盤で重要なことが巻き戻されますが……」
「終盤、ラスボスとの戦い中にラスボスが口走る言葉は一見の価値アリだ。えすのサカエ先生の魂の叫びとも取りかねられる『めいげん』が飛び出すぞ」
「ところで、『寓話』って結局なんなんでしょう?」
「全てが寓話だ。記憶自体も、俺たちの存在もな。……なんて言ってみただけだ、古都、なんだその表情は……ゴメン。
 うむ。『寓話』とは誰かが信じた時に現実となる怪奇、と作中では設定されている。俺たちの住む世界の言葉の定義とは異なるな。『信じた時』だから信じる人間がいなければ存在できない、ある種脆弱な存在であると言える。最も、信じる人間がいる限り生き続けるからある意味無敵でもあるのだけど」
「最も有名でしょう『トイレの花子さん』も何十年も経ったら忘れられてしまうかも知れませんね」
「そうだな。記憶なんて曖昧なものに、人間も支えられ励まされ、罵倒され苦しめられる。忘れたかったり、忘れたくなかったり、都合の良い生物だ。記憶自体には罪は無いだろうに」
「どんなに苦しいことも、覚えていれば乗り越えられるかも知れない。でも、忘れてしまった方が良いことだってあるはずです」
「そうかな? そもそも記憶を完全に消去することなんて可能なのか? 頑張ってフォーマットしたデータ記憶媒体もからも、消したはずのデータがサルベージされることがある。死んでしまえば全ての記憶は失われるが、それだけだよ。いつか思い出す」
「死んでしまえば、ですか……楽しい記憶も死ぬまで覚えていられればいいのですけれどね」

 都市伝説は生きている
 (『花子と寓話のテラー 最終話』より引用)

花子と寓話のテラー (1) (角川コミックス・エース)

花子と寓話のテラー (1) (角川コミックス・エース)

ブギーポップは笑わない 上遠野浩平

「なあ、古都にとって学校生活ってどうだった?」
「また脈絡もなく。大変でしたよ〜そりゃもう。部内での権力闘争に巻きこまれたり、学校間の抗争を仲裁したり、生徒会で創作劇をやったり、ミステリーサークル作ったり」
「嘘だろ」
「嘘です。……実際、特にコレと言った感想は持ち合わせていませんね。そりゃそれなりに楽しかったですし、勉強やケンカもしました。仲違いして、仲直りして、なんていう友達も居ましたけど。一般的な感想しかないですね」
「そうか。ま、そうだろうな。俺も似たようなもんだ。物語に出てくるような特殊な体験なんて無かった。……もしかしたら忘れているだけなのかも知れないけどさ」

《『学園モノ』のライトノベル

「そんなわけでこの『ブギーポップは笑わない』の話だ。ライトノベルというジャンルの黎明期にあって、その方向付けをした作品だ」
「後の作家さんたちに与えた影響は大きいです。それだけに十分な面白さも持ち合わせています。ではあらすじ。
 竹田啓司君は高校生。周りの友人たちと違い一応進路が決まっている為か、なんだか宙ぶらりんな気持ちでいる少年です。ある日、まだ付き合って間もない恋人に待ち合わせをすっぽかされてとぼとぼ歩いていたら、不思議な二人に出会います。一人はボロボロの服を着てうーうー唸っているなんだかやばそうな男の人。そしてもう一人は」
「真っ黒くて大きな襟の有るマントをまとい、真っ黒の筒型の帽子を被った人物。そいつとの邂逅から、竹田君の不思議なお話が始まった……と普通の小説なら行くところだが、『ブギーポップは笑わない』ではちょっと違う。特筆すべきはその構成だろうな」
「でしょうね。まず、このお話には主人公――というか『語り手』がたくさんいます。竹田君はあくまでその一人であり、他の人物が語り手の章では彼は登場人物の一員にすぎないのです。竹田君の体験は日常から見ればほんの少し奇妙なだけで、彼は『ブギーポップは笑わない』という物語全体の不思議さを知ることは無いのです」
「この構成には俺も驚いた。全ての語り手による話を読むことで、全体像が見えてくる。あまり見ないタイプの構成だろう。
 そして、この構成がそのまま、この作品のテーマを表しているんじゃないかと思う」
「テーマとは?」
「『自分の全てのことを相手は知りえない。その逆も然り』ということだ。世界の一部に過ぎない登場人物たちにとって、自分の知ってる世界しか世界足り得ないんだ」
「そうですね……私はこの部屋のことなら何でも知ってますけど、お隣の部屋のことは何にも知りませんもの。間取りが一緒、ということくらいしか」
「ちょっと違う。それでも隣の部屋はお前の世界の一部だ。有る程度存在を知覚できるからな。しかし、これが『感情』とか『経験』といった《過ぎ去ってしまったものに関する事柄》になると話は変わってくる。古都は俺の存在は知っているけど、俺が今までどう生きてきたか、今何を考えているのか、なんてことは知らないだろう? しかし、俺は知っている。俺の世界の一部だからな、俺は」
「? なんだかよく分かりませんね〜」
「言ってる俺自身よく分からない……。結構感覚的なことかも知れんな」
「『ブギーポップは笑わない』はライトノベルにおける『学園モノ』の走りといえます。学校には多くの人が集まっているけれど、私たち一人一人は自分以外の世界を全て知ることは出来ない。ただすれ違うだけの人もいれば、上辺だけ知り合えることも有る。けれど、例え恋人同士になろうともそれ以上は望めない。
 そういう『学校』が持つ特性を何人もの語り手の視点から一つの物語を記述する、という手法をとることで表そうとしているのではないかな〜と私は思いますが、どうでしょう」
「大体同意だ。さて、この作品はどんな人にオススメか、だ。まず、《ライトノベルってのを読んでみたいけどどれから読めば分からん! または、ライトノベルの〜という作品を読んではまった! 他にも面白いないかな》という人。『ブギーポップは笑わない』は先ほど言ったように、ライトノベルというジャンルに一つの方向付けをした作品だ。これからライトノベルに触れていくに当たって、読んで置いて損は無いと思う。次に、《たまには変わった構成の本が読んでみたい》という人。構成に限っては特筆モノの作品だ。是非読んでみてくれ」
「それから、『水戸黄門』が好きな人にもオススメです。『ブギーポップ』はシリーズ化されていて、かなりの長編となっていますが、安定感に関しては『水戸黄門』に似たものがあります。マンネリにならないように、その魅せ方も工夫されていますしね」
「ところで、古都は俺より『お姉さん』なんだよな? 大学には行ったのか?」
「さあて、どうでしょう」
「何故はぐらかす」
「『行きましたよ』と答えれば『どこの大学に行ったんだ』という話の流れに成り、最終的には卒業生名鑑から私の年がばれてしまう恐れがあるからです。……それだけは断固阻止。例えこの命、燃え尽きようとも……」
「……『行きませんでした』と答えればいいんじゃないか?」
「嘘はつかないのですよ、私」
「……この嘘つきめ」

 でも、私たち一人ひとりの立場からその全貌が見えることはない。物語の登場人物は、自分の役割の外側を知ることは出来ないのだ。
 (『ブギーポップは笑わない』イントロダクションより引用)

ブギーポップは笑わない (電撃文庫 (0231))

ブギーポップは笑わない (電撃文庫 (0231))

すべてがFになる The Perfect Insider 森博嗣

「物語における『天才』ってなんでしょう?」
「大抵が設定先行になってしまう、描写が難しい存在だろうな。周囲のキャラクターは『天才だ天才だ』と持ち上げるが、その『天才』っぷりが読者に伝わるか、という段階になると難しい」
「お話には挫折が付き物ですものね。主人公ならなおさらですが、敵にするのも難しい。『テニスの王子様』の不二君クラスの派手な描写でも厳しいでしょう」
「目が見えない状態でテニスとか、二重の超回転とかか。『星花火』は凡人にはアウトにしか……。それでも表現しきれないのは他のキャラクターもとんでもないからだろうな。『天才』と呼ばれるまでの他者との絶対的な差を描くのは、バトル漫画では特に大変だ」
「一応テニス漫画ですけれどね……」
「うん……さて、そんなこんなで『すべてがFになる』だ。森博嗣先生のデビュー作であり、『第一回メフィスト賞』受賞作品でもある力作だ」

《『天才』の定義》
「では、あらすじ、いきますね。
 犀川創平助教授研究室の面々は、こぞって姫真加島(ひめまかじま)へ旅行に出かける。島には天才・真賀田四季の研究所があり、犀川先生を慕う西之園萌絵さんは犀川先生を半ば無理矢理に研究所へ連れて行きます。そして不思議な殺人事件が発生する……こんな感じで」
「そんな感じ。四季は『天才』という属性を与えられたキャラクターだ。主に人工知能の分野で業績を残している。と言ってもその研究分野は多岐に渡るようだけどな。しかし、彼女は研究所の中心人物でありながら、隔離されている」
「過去に犯した殺人が原因で、ですね。その辺りは作中で語られます」
「そして彼女の部屋から死体が発見されるわけだ。中には四季一人しか居ない密室状態だったはずだから、この事件は『密室殺人』にあたるな。」
「『すべてがFになる』は『S&Mシリーズ』の第一作です。このシリーズの特徴は、主人公兼探偵である犀川先生が積極的に事件に関わろうとしない、という点でしょう。ヒロインである西之園萌絵さんがもうそれこそ自殺行為なんじゃないか、という位にガンガン突き進み、犀川先生はそれを冷静に見ている、というお話が大半です」
「『F』はそうでもないけどな。それから、森博嗣先生の作品はよく『理系ミステリ』等と呼ばれるが、俺はそんなんでもないかなーと思っている。というか、そんなに一般人が理解出来ない高等な理系要素が含まれているとは感じないんだな。だから、理系なんてさっぱり、っていう文系な人たちにもオススメできる。俺自身思いっきりコテコテの文系人間だけど、森作品は大好きだからな」
「『F』では確かにプログラムやら暗算やらいわゆる『ユビキタス』なコンピュータシステムなんかが登場していましたが、他のシリーズ作品はもっと理系色が薄くなりますものね」
「『私的詩的ジャック』なんて題名通り詩的だしな。森作品全体を見ても、むしろ哲学的な面からの考察のほうが多い。ただ、考察の視点の特異性を『理系的』と評することも出来なくはないと思うけどさ。使っているモチーフが理系的な事柄なだけで、本質的には一般のミステリと変わらないと思う。もちろん、その『質』は段違い、と俺は思っているけどね」
「私もですよ。さて、この作品のキーパーソンである真賀田四季さんですが、『天才』というだけあって相当な変わり者です。冒頭の描写を読むだけで一目瞭然ですけれどね」
「彼女のやったことをどう思うかは読者次第だ。そして彼女のやろうとしたことも、な。『F』は四季の存在から、他作品よりも『理系』色が強く描かれている。解決シーンなんてもうなんと言えばいいか……。ともかく、『F』の真相を推理する為に必要なことは一つ。つまり、特殊なモチーフに惑わされないように気をつける、ってことだ。真相は案外すぐ近くにある」
「特殊なモチーフ……ウエディングドレスにロボットとか色々と出てきますよね〜。
 それでそれで、『天才』って結局なんでしょう?」
「四季の天才っぷりは『四季 The Four Seasons』に詳しい。俺は『天才』とは特異性、だと思っている。特異性なんて人間みんな持っているが、その特異性が他に際立って大きい者。それを『天才』って呼ぶんじゃないかな」
「ってことは、殺人を起こす人は」
「ある意味では『天才』になってしまうな。つまり、『天才』を全肯定することは出来ない、ってことか。……う〜んやはりこの定義では足りないな。もう少し考えてみる」
「私も考えて見ましょうかね。皆さんも、ご一緒にどうですか?」

「ありません。あの方……、西之園さん……あの方の発想は天才的だわ。予測が出来ない。あの才能は、とても貴重なものです」
「でも、彼女は間違っている」犀川は言う。
「ええ、そうね。先生が正しい」人魚は嬉しそうに言った。
(『すべてがFになる The Perfect Insider』より引用)

すべてがFになる (講談社文庫)

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