花子と寓話のテラー えすのサカエ

「都市伝説って聞いたことありますか?」
「都市伝説。昭和後期に大流行したアレか。もちろん聞いたことあるさ。『トイレの花子さん』とか『人面犬』『赤い紙青い紙』なんかが特に有名だな。一介のオカルト好きとしては、『ターボばばあ』が特に気に入っている」
「オカルト好きの方でしたか……知らなかったです。『ターボばばあ』。なんです? 特殊エンジン製作に関わり志半ばで亡くなったお婆さんの霊、とかですか?」
「あんまり怖くないなそれ。実際は高速道路などに出没する、生身のまま超高速で走る婆さんのことだ。爺さんヴァージョンもいるらしい」
「……」
「……」
「……それ、どっちにしろ怖くないじゃないですか」
「怖いよ。実際に遭遇したら相当怖いはずだ。なんてったって笑ってるんだぜ?走りながら」
《寓話とは》

「『花子と寓話のテラー』は現在『未来日記』を連載されているえすのサカエ先生の作品。怪奇そのものである『寓話』と寓話探偵・亜想大介の戦いを描いた漫画です」
「登場する『寓話』はおなじみのものばかりだ。『人面魚』『メリーさん』『合わせ鏡の悪魔』なんかのな。残念ながら『ターボばばあ』は出てこないが」
「出てきても物語とどう絡ませるんですか……。おなじみの怪奇、と言っても見せ方が凝ってます。『未来日記』でもそうですが、えすのサカエ先生はとにかく一枚絵で緊張感を描くのが上手い。『メリーさん』怖すぎです。
 また、テンポも良い作品です。単行本で読むと楽しいお話から怖いお話へ、という流れがあって読みやすく感じました」
「相乗効果で楽しさも怖さもそれぞれ増すからな。
 こういった『怪奇』を扱った漫画と言えば、『地獄先生ぬ〜べ〜』が有名と思う。名作だ。巻数等の面でかなりの違いがあるが、『ぬ〜べ〜』と『花子と寓話のテラー』は一応同じモチーフを扱っている点でカテゴリは一緒だ。その違いと言えば、『遡及性』の存在だろう」
「『遡及性』。この場合、『寓話』に関する事件を解決すると、その事件を無かったものとして事実が再構成されてしまう、という性質です。『ワールドエンブリオ』に出てくる記憶の修正効果とちょっと似てますが、事実そのものを元通りにする、と言うのは大きな違いです。『ワールドエンブリオ』のは記憶に関する修正のみですものね。なんにせよ、その分野では結構使われている手法の一つです。この効果により、物語終盤で重要なことが巻き戻されますが……」
「終盤、ラスボスとの戦い中にラスボスが口走る言葉は一見の価値アリだ。えすのサカエ先生の魂の叫びとも取りかねられる『めいげん』が飛び出すぞ」
「ところで、『寓話』って結局なんなんでしょう?」
「全てが寓話だ。記憶自体も、俺たちの存在もな。……なんて言ってみただけだ、古都、なんだその表情は……ゴメン。
 うむ。『寓話』とは誰かが信じた時に現実となる怪奇、と作中では設定されている。俺たちの住む世界の言葉の定義とは異なるな。『信じた時』だから信じる人間がいなければ存在できない、ある種脆弱な存在であると言える。最も、信じる人間がいる限り生き続けるからある意味無敵でもあるのだけど」
「最も有名でしょう『トイレの花子さん』も何十年も経ったら忘れられてしまうかも知れませんね」
「そうだな。記憶なんて曖昧なものに、人間も支えられ励まされ、罵倒され苦しめられる。忘れたかったり、忘れたくなかったり、都合の良い生物だ。記憶自体には罪は無いだろうに」
「どんなに苦しいことも、覚えていれば乗り越えられるかも知れない。でも、忘れてしまった方が良いことだってあるはずです」
「そうかな? そもそも記憶を完全に消去することなんて可能なのか? 頑張ってフォーマットしたデータ記憶媒体もからも、消したはずのデータがサルベージされることがある。死んでしまえば全ての記憶は失われるが、それだけだよ。いつか思い出す」
「死んでしまえば、ですか……楽しい記憶も死ぬまで覚えていられればいいのですけれどね」

 都市伝説は生きている
 (『花子と寓話のテラー 最終話』より引用)

花子と寓話のテラー (1) (角川コミックス・エース)

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