ブギーポップは笑わない 上遠野浩平

「なあ、古都にとって学校生活ってどうだった?」
「また脈絡もなく。大変でしたよ〜そりゃもう。部内での権力闘争に巻きこまれたり、学校間の抗争を仲裁したり、生徒会で創作劇をやったり、ミステリーサークル作ったり」
「嘘だろ」
「嘘です。……実際、特にコレと言った感想は持ち合わせていませんね。そりゃそれなりに楽しかったですし、勉強やケンカもしました。仲違いして、仲直りして、なんていう友達も居ましたけど。一般的な感想しかないですね」
「そうか。ま、そうだろうな。俺も似たようなもんだ。物語に出てくるような特殊な体験なんて無かった。……もしかしたら忘れているだけなのかも知れないけどさ」

《『学園モノ』のライトノベル

「そんなわけでこの『ブギーポップは笑わない』の話だ。ライトノベルというジャンルの黎明期にあって、その方向付けをした作品だ」
「後の作家さんたちに与えた影響は大きいです。それだけに十分な面白さも持ち合わせています。ではあらすじ。
 竹田啓司君は高校生。周りの友人たちと違い一応進路が決まっている為か、なんだか宙ぶらりんな気持ちでいる少年です。ある日、まだ付き合って間もない恋人に待ち合わせをすっぽかされてとぼとぼ歩いていたら、不思議な二人に出会います。一人はボロボロの服を着てうーうー唸っているなんだかやばそうな男の人。そしてもう一人は」
「真っ黒くて大きな襟の有るマントをまとい、真っ黒の筒型の帽子を被った人物。そいつとの邂逅から、竹田君の不思議なお話が始まった……と普通の小説なら行くところだが、『ブギーポップは笑わない』ではちょっと違う。特筆すべきはその構成だろうな」
「でしょうね。まず、このお話には主人公――というか『語り手』がたくさんいます。竹田君はあくまでその一人であり、他の人物が語り手の章では彼は登場人物の一員にすぎないのです。竹田君の体験は日常から見ればほんの少し奇妙なだけで、彼は『ブギーポップは笑わない』という物語全体の不思議さを知ることは無いのです」
「この構成には俺も驚いた。全ての語り手による話を読むことで、全体像が見えてくる。あまり見ないタイプの構成だろう。
 そして、この構成がそのまま、この作品のテーマを表しているんじゃないかと思う」
「テーマとは?」
「『自分の全てのことを相手は知りえない。その逆も然り』ということだ。世界の一部に過ぎない登場人物たちにとって、自分の知ってる世界しか世界足り得ないんだ」
「そうですね……私はこの部屋のことなら何でも知ってますけど、お隣の部屋のことは何にも知りませんもの。間取りが一緒、ということくらいしか」
「ちょっと違う。それでも隣の部屋はお前の世界の一部だ。有る程度存在を知覚できるからな。しかし、これが『感情』とか『経験』といった《過ぎ去ってしまったものに関する事柄》になると話は変わってくる。古都は俺の存在は知っているけど、俺が今までどう生きてきたか、今何を考えているのか、なんてことは知らないだろう? しかし、俺は知っている。俺の世界の一部だからな、俺は」
「? なんだかよく分かりませんね〜」
「言ってる俺自身よく分からない……。結構感覚的なことかも知れんな」
「『ブギーポップは笑わない』はライトノベルにおける『学園モノ』の走りといえます。学校には多くの人が集まっているけれど、私たち一人一人は自分以外の世界を全て知ることは出来ない。ただすれ違うだけの人もいれば、上辺だけ知り合えることも有る。けれど、例え恋人同士になろうともそれ以上は望めない。
 そういう『学校』が持つ特性を何人もの語り手の視点から一つの物語を記述する、という手法をとることで表そうとしているのではないかな〜と私は思いますが、どうでしょう」
「大体同意だ。さて、この作品はどんな人にオススメか、だ。まず、《ライトノベルってのを読んでみたいけどどれから読めば分からん! または、ライトノベルの〜という作品を読んではまった! 他にも面白いないかな》という人。『ブギーポップは笑わない』は先ほど言ったように、ライトノベルというジャンルに一つの方向付けをした作品だ。これからライトノベルに触れていくに当たって、読んで置いて損は無いと思う。次に、《たまには変わった構成の本が読んでみたい》という人。構成に限っては特筆モノの作品だ。是非読んでみてくれ」
「それから、『水戸黄門』が好きな人にもオススメです。『ブギーポップ』はシリーズ化されていて、かなりの長編となっていますが、安定感に関しては『水戸黄門』に似たものがあります。マンネリにならないように、その魅せ方も工夫されていますしね」
「ところで、古都は俺より『お姉さん』なんだよな? 大学には行ったのか?」
「さあて、どうでしょう」
「何故はぐらかす」
「『行きましたよ』と答えれば『どこの大学に行ったんだ』という話の流れに成り、最終的には卒業生名鑑から私の年がばれてしまう恐れがあるからです。……それだけは断固阻止。例えこの命、燃え尽きようとも……」
「……『行きませんでした』と答えればいいんじゃないか?」
「嘘はつかないのですよ、私」
「……この嘘つきめ」

 でも、私たち一人ひとりの立場からその全貌が見えることはない。物語の登場人物は、自分の役割の外側を知ることは出来ないのだ。
 (『ブギーポップは笑わない』イントロダクションより引用)

ブギーポップは笑わない (電撃文庫 (0231))

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