スカイ・クロラ The Sky Crawlers 森博嗣



 鞄に荷物を突っ込む。できるだけ早めに準備して、のんびり時間を過ごした方がよい気分になれる。15分前行動は私の行動規範である。


「午後は出かけるんですか?」
「うん。バイトだ」
「学業はどうなんです。しっかり勉強してますか?」
「……お前に聞かれる筋合いは無い」
「私はこう見えて社会人ですから。しっかり働いてますよ」
「そうなのか?」
「そうですとも」
「……とても見えない。見た感じ俺より明らかに年下じゃないか」
「若く見えるだけです。実際は……おっと、レディとしてこれ以上は言えませんね」
「……」


 私はベッドに寝転んで、今後のことを考える。この女を置いて家を出ていいものか、そもそもこの女は何がしたいのか。静かだった私の生活の行く末が、はなはだ不安だ。


《「余計な描写が無い」戦記小説》


「それで、さっきから何を読んでいるんだ?」
「あ、本棚にあった本を勝手に読んでました。もう半分以上読んじゃいましたね……すみません」
「構わない。……『スカイ・クロラ』か」
「ええ。綺麗なお話ですね」


 森博嗣先生の『スカイ・クロラ』は戦闘機乗りの「僕」を中心に架空の戦記を描いた作品だ。ただ、あくまでも「僕」の身の回りで起こった戦闘のみを記述しており、大局的に戦争がどのように動いているのか、といったことは語られていない。
 アニメ映画化もされたから、知っている人も多いだろう。『スカイ・クロラ』シリーズの第一作でもある。
 淡々としながらも綺麗な描写が特徴だ。


森博嗣先生は『すべてがFになる』っていうミステリ作品でデビューされた作家さんだ。『スカイ・クロラ』はそれまでの作品と違ってミステリじゃないけどな」
「森先生の飛行機好きさが伝わってくる作品ですね」
「そうだな。他にも飛行機が出てくる作品として『魔剣天翔』があるけど、あちらも気合が入った作品だった」
「ふむ、今度はそちらも読んでみましょうかね」
「えっと、たしかその本棚の三段目右側にあるはずだ。ただし、『魔剣天翔』は瀬在丸紅子たちのVシリーズの中盤。先にVシリーズを読み進めてからの方がいいと思う」
「了解です」
スカイ・クロラ』もシリーズ物で、時系列的には最後になるけれど、こちらはどういう順番で読んでもいいはずだ。刊行順に読んだほうが楽しいとは思うけどな」


スカイ・クロラ』のテーマの一つに「子供と大人」というものがある。

 
「主人公たち戦闘機乗りの多くは『キルドレ』と呼ばれる『永遠の子供』だ。彼らは外見年齢はずっと子供のまま、成長しない」
「戦闘機パイロットは軽い方が有利って良いますものね。子供のままというのは利点なのかな」
「無駄に知識があるなお前……体力の問題もあるから微妙なところだろうけどさ。ともかく『キルドレ』たちは空に生きる。彼らはそれを当然だと思っていて、それに『殺す』っていうことに対する感覚も普通と少し違っている」
「『パンプキン・シザーズ』とは違った視点から、ですか?」
「そうなるな。『パンプキン・シザーズ』も『殺す』っていうテーマを扱っているが、論理の発展法も、とりあえずの結論も『スカイ・クロラ』とは随分違う。まあ、『パンプキン』はまだ完結していないから、結論は出ていないんだけどな。」
「『殺す』。私は少なくとも、殺されたくはないなあ」
「俺もそうだ。しかし、殺さなきゃいけない場面ってのに遭遇したら、『やらなきゃやられる』状況に置かれたら、どうなるか分からない」
「ん〜……難しいところですね。自分一人で考えるのも必要ですがまずは見識を深める為、色々本読みましょう」
「かと言って、俺の部屋で読む必要も無いと思うが……」
「何か言いました?」
「いや……ともかく『スカイ・クロラ』は良い作品だ。哲学的な気持ちに浸ってみたいって人や、戦闘機バトルで燃えたい、なんて人に特にオススメする」
「……今度は何と話しているんですか?」
「……秘密だ」

 誰にもわかってもらえないのにちがいない。
 わかってもらう必要など無いのだ。  『スカイ・クロラ』より引用

スカイ・クロラ

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