パンプキン・シザーズ 1 岩永亮太郎



 私はやっと完全に目覚めた。普段は半分夢の中で着替え、朝食を食べずに外出するが、今日は違う。


「旨いなこれ」
「そういってもらえると嬉しいです」
「うん。ただの卵焼きだけどさ、俺が作るのよりは圧倒的に美味しい」
「料理はいつもされるのですか?」
「多少はな。一人暮らしだし」
「苦手でしょう?」
「……うん。菓子作りは結構得意なんだけどさ」
「そうですか」
「……」
「……」

 沈黙。
「本当の友人関係とは、沈黙が気まずくないものである」と私はつねづね思う。もちろんこの場合の沈黙は、そうでない。

「……」
「……」

 彼女は微笑んだ。私はきっと、あんなに上手くは笑えない。


《強烈なメッセージ性と、戦闘シーンの鮮烈さ》

「それはそうと、本が多い部屋ですね」
「ああ。数少ない趣味だからさ」
「これは?」
「漫画だな。『パンプキン・シザーズ』っていう少年漫画だ」
「……読んだことあります、私」
「へえ。変わってるな」
「本は何でも読むんです。好きですから」

 岩永亮太郎先生の『パンプキン・シザーズ』は、あまり女性向けの作品ではない。私が少年漫画をよく読むのは、おそらく兄の影響だろう。

「う〜ん……どんなお話しでしたっけ? 一巻の内容はうろ覚えです」
「オーランド伍長とアリス少尉たちが出会うところからだ」
「そうでしたね。たしか、ダムのお話でしたっけ?」
「それから、外道領主の話とトンネルの話もだな。最初の二つの話は『パンプキン・シザーズ』の肝である『伍長VS戦車』戦がクライマックスになってるな」
「戦車に人間が立ち向かう、なんて最初に読んだ時はどうかしてると思いました」
「俺もだ。しかし、伍長――『901ATT』はそれをやってのける」
「すさまじいシーンですよね。初期の頃の岩永先生の絵はまだ安定していませんが、伍長が戦っている姿は気合入ってます」
「鬼気迫るものがあるな。それは、連載が長く続いている現在も衰えていない」


パンプキン・シザーズ』は「戦災復興」という、あまり手が付いていないテーマを取り扱った作品だ。
 戦中でも、平和でもない時代を舞台に、「戦災復部隊・陸軍情報部第3課」が奔走する姿を描く。


「私はアリスさんが好きですね。どこまでも真っ直ぐで、しかし意固地過ぎではない」
「うん。トンネルの話では『貴族としてのアリスと軍人としてのアリス』っていうアリスというキャラクタのテーマのさわりを示しているな」
「派手ではないけれど、重要な回ですね」
「このテーマは、伍長の『殺すこと』というテーマと共に、作品の軸となるところだ。そこに非常に大きなメッセージが込められている」
「『舞踏会編』や『回転木馬編』なんかの後に控える長編でも、かなり深く切り込んできます」
「血みどろで狂った戦闘シーンが読んでみたいって人や、強烈なメッセージ性のこもった作品を求めてる、なんて人に一押しの作品だ。読んでない人は、一巻だけでも読んでみてはどうだろうか?」
「……誰に話してるんです?」
「……卵焼きに、な」